自己愛が満たされるようになってから
特別なことをしなくても、心は自然と落ち着くようになりました。
以前のように
恐怖や不安に突き動かされなくても生きていける。安心できる状態になりました。
ただ同時に、
過去のように、没頭して何かを行うことを求めていました。
振り返ると、
以前の自分は恐怖や不安により
没頭して、起業することができました。
そして、燃え尽きるような経験もしました。
それから、恐怖や不安を使わなくても、
満たされた状態のまま、没頭することはできないのだろうかと考えてみました。
その答えが今は自分の中ではっきりしてきたので、その気づきを記事にしています。
自己愛が満たされていない時の没頭の正体「恐怖心×超集中」
恐怖心による超集中
自己愛が満たされていない時は、常に神経を張り巡らせていました。
「否定されないように」「置いていかれないように」「価値がないと思われないように」
家庭環境が複雑であったり、小さい頃の嫌な経験から、このような思考パターンが作られます。
この恐怖心は、
安心を得るために結果を求め、圧倒的な集中力を生み出します。
その結果、人生そのものが「力みっぱなし」になります。
ずっと全力で走り続けられる人はいない
ずっと頑張り続ける生き方は、
一見すると美徳のように見えます。
ただ、ずっと全力で走れる人はいません。
全力で走っていると自覚はなくても毎日何かに頑張り続けているなら、全力で走っているのと同じになります。
そして、無自覚のまま疲れ始めます。
疲れたタイミングで
人間関係や仕事、育児などにおいて冷静な判断ができなくなり、
上手くいかなくなったり、燃え尽きたりします。
”今、自分は冷静な判断ができているか”
これを日常から把握しておくことで、仕事や生活での取捨選択を誤りにくくなります。
関連:今の状態を知る(自分にとって無理のない判断をするために活用可)
自己愛が満たされた時の没頭の正体「脱力 × 超集中」
脱力時の超集中
スポーツや娯楽から学べることがあります。
それは「脱力」です。
例えば、歌や楽器演奏、ボクシングなど。
力ずくで頑張り続けようとすると、
音楽では良い音が鳴らず、ボクシングではインパクトも弱くなります。
没頭は、
力み続けた末に生まれるものではなく、
脱力している状態で本当の力を発揮できます。
没頭できる仕組み
通常時は、脱力して冷静に状況や状態を把握する状態に。
結果を出したいことや本当に向き合いたいことに対しては、
脱力を前提とした状態で超集中する。
そして、集中がきれると通常時に戻る。
この「戻ることができる」ことこそが、
没頭したい時に没頭できるポイントだと思ってます。
さいごに
集中すること・没頭することは、生きがいと言いますか、生きている実感が湧きます。
とてもワクワクするし、楽しいです。

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