お金、愛、人、健康、時間、、
「これさえ手に入れば幸せになれる」と信じて、必死に追いかけていた時期がありました。
実際にそれらを手に入れた時期も確かにありました。
手に入っている間、それらを雑に扱っていたつもりはありません。
それでもいつしか「あるのが当たり前のもの」になり、
大切ではあるけど、“心の底から大切だ”と感じることは少なくなっていたのだと思います。
「本当に大切なものは、失った時に分かる」。
だからこそ、
大切なものを大切だと思えるようになるために、
手遅れになる前に早く沢山失敗して、沢山失ってほしい。
そして、自分にとって本当に大切なものをできるだけ早く知ってほしい。
そんな思いから記事を書きました。
なぜ失わないと大切にできないのか
脳の仕組み上、痛みを伴わないと認知しにくいのです。
例えば、
健康の大切さは、不健康になった時に初めてわかる。
時間の大切さは、時間が過ぎた時に初めて大切さを感じる。
手や足のありがたさは、失う可能性を突きつけられた時に感じる。
大切な人の存在は、そばにいるときよりも、離れたときのほうが鮮明になる。
私たちは「ある状態」に慣れてしまうと、
わざわざそれについて考える必要が無くなり、それを特別なものとして感じられなくなってしまうのです。
失うという体験は、その慣れを強制的に壊してくれます。
大切なものがわかるまで
最初から大切なものが分かる人は羨ましい限りですが、
私自身、大切なものは最初から「これだ」と分かるものではなく経験から気づきました。
期待して、信じて、手に入れて、
そして裏切られたり、壊れたり、離れていったりする。
その繰り返しの中で、
「失って本当に悲しかったこと」が記憶に残ります。
失って初めて、
「あれは自分にとって本当に大切だったんだ」と気づきます。
失敗や喪失は、一見ネガティブに思えますが、
それは大切なものを大切にできる人になるための過程でもあると感じます。
何かを失っている時、何かを得ている
今までの過去を振り返ってみると、失い続けることもないし、得(え)続けることもないと感じています。
つまり、何かを失っている時、何かを得ており、
何かを得ている時、同時に何かを失っています。
逆に、何かを得た時には、
それを守るための思い・時間、心の余裕を失っていることもあります。
さいごに
理想を言えば、できることなら何も失わずに生きていたい。
最初から嫌な思いなどせず、穏やかに過ごしたい。
それが理想です。
それでも、失うことによってしか分からないこともあり、
失った痛みがあるからこそ、次に手にするものを今度こそ心の底から大切にできます。
あと、SNSや世間が大切だと言っているものは、
実はあまり大切なことではなかったりします。
本当に大切なものは、まだ手に入れていないものではなくて、
案外、今目の前にあるものだったりします。


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