社会不適合者として生きる

自分らしさ

「人の話は聴いただけでは理解しにくい」
「人の話は内容より感情を読み取る」
「変わっている」
「マイペースなのに人に合わせて疲れる」
「人をイラつかせてしまう」
「人に嫌な思いをさせてしまう」

そんな経験を重ねるうちに、
「自分は普通じゃないんだろうな」
そう思うようになりました。

「みんなと一緒であれば、今の悩みなんてなくて済むのに」
「どうして自分は、人と同じようにできないんだろう」

そう感じる瞬間は、何度もありました。

みんなと一緒はどうしても合わない

当時は、「普通」になれれば楽になると思っていました。
周囲に合わせて、目立たず、同じように振る舞うことが正解だと思っていました。

でも今振り返ると、
人と同じ(大多数と同じ)になったとしても、悩みが消えるわけではなかったと思います。
悩みの種類が変わるだけで、自分の違和感は残り続けていたと思います。

「普通」の環境で浮き彫りになったもの

会社員として働いていた頃、
私は新人社員ながら、こんなことを考えていました。

・どうしたら離職率を下げられるか
・どうしたら業務負担を減らせるか
・どうしたら社内コミュニケーションが活発になるか

問題を見つけて、構造を壊して、また新しく入ってくる社員の人が楽しく働けるようになるにはどうしたらいいか。
こういったことは、意識しなくても考えてしまうタイプでした。

一方で、
業務を覚えるのは遅く、ミスも多い。
残業しなければいけない日が多く、タスクが増えるほど混乱してました。

会社員という「普通」の環境では、
私の弱みばかりが目立ち、強みが消えてました。

ただ一つ、良かった点があるとすれば、給料が安定してもらえることでした。

普通に戻ろうとした結果

この経験から私はあることに気づきました。

迷った時・「普通に戻ろう」と思った瞬間、
自分の強みは消えてしまうということです。

実際、起業した後も
周りを見て「普通」に寄せようとした時期がありました。

すると、不思議なことに、
自分の強みが活かされなくなり、
結果的に収入が減りました。

安全そうに見える「普通」を選んだつもりが、
一番不安定な状態を自分で作っていたのだと思います。

「世界に一つだけの花」

学生の頃、SMAPの
『世界に一つだけの花』をよく歌っていました。

当時は何気なく歌ってましたが
今になって、この歌詞がしっくりきます。

一人一人に良さがあって、
それを咲かせることに一生懸命になればいい。

「普通」を信じるということは、
自分を否定し、自分を殺している状態でもあります。

「個」を信じるということは、
自分にしかないものが際立ち、
初めて活かされる状態でもあります。

社会不適合者として生きることは、
自分を生かしたまま生きる道でもあります。

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