今からある話をしたいと思います。
「人に迷惑をかけてはいけない」
「もっと強くなければ」
「もっと頑張らないと」
どんな時も自分を褒めることを禁じ、終わりのない忍耐を続けます。
疲労は徐々につもっていきます。
やがて、失敗や挫折といった出来事が引き金になります。
すると、「死にたい」という願望が突然現れます。
渋々、医療機関を受診すると、
「うつ病です。薬を飲んで休みましょう」
「考えすぎないようにしてください。それは病気のせいです」
と言われます。
仕方なく薬を飲みます。でも、自己否定は止まりません。
「早く社会復帰しなければ」
焦り、再び自分に鞭を打って動こうとします。
しかし、また動けなくなる。
すると、さらに激しく自分を批判します。
周囲からは
「一人で考え込んでいるのがよくない」
「つらいことがあったら、話して」
「リフレッシュしたら?」
そう言われ、自分でも「そうするべきだ」と頭では分かっています。
けれど、心も体も動かない。
助けを求める力すらでない。
「自分はどうしようもない人間だ」
「周りの人の気持ちも考えなければ」
「他人に迷惑をかけてはいけない」
そして「死にたい」という気持ちを必死にあがいてコントロールしようとします。
こうした日々が積み重なると死にたい気持ちも、自己否定も、
ますます深刻になっていきます。
「周りに迷惑をかけるから、死にたいなんて言えない」
「どんなに辛くても、平気な顔をしよう」
そうやって、必死に頑張り続けます。
しばらくして、長い間抑え込まれてきた心が限界を迎え、
本当に自ら命を絶ってしまうケースもあります。
しかし、周囲の人は言います。
「どうして死んだのか分からない」
これは、決して誇張された話ではありません。
うつ病や統合失調症以外にも皆が起こりうる現実に起きているリアルな心の動きです。
では、このような状態の時に、本当に必要なのは
「正しい理論」や「正しいアドバイス」なのでしょうか。
どんなに正しい言葉であったとしても
”心”には全く届きません。
このとき人が本当に求めているのは、ただ寄り添うことなのかもしれません。
※参考書籍
『「普通がいい」という病』(泉谷 閑示)
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「普通がいい」という病 (講談社現代新書) [ 泉谷 閑示 ] 価格:1078円 |



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