【何のために生きてるのか分からない】なぜ生きる意味を求めるのか

メンタルケア
この記事を書いた人

【作業療法士 × 起業家】

回復期リハビリテーション病院勤務を経て起業。

現在は小児リハビリ・せどり・リラクゼーション業に携わりながら、健康・自己理解について発信しています。

「心を守ることは、人生を守ること。」

若い世代が未来に希望を持ち、自分らしく生きられるように。

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ふとした瞬間に、「何のために生きてるんだろう」と考える。

むしろ考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

「このままでいいのか」
「そもそも意味なんてあるのか」と感じることもある。

答えが出るわけでもないのに、気づけばまた同じことを考えている。

この記事では、
なぜ人は生きることの意味を求めるのか、どのようにこの悩みを解消するのかを解説します。

なぜ意味や価値を求めるのか

「自分のしている事は間違いではないと思いたい。」
「早く今の苦痛から逃れたい」
「自由でありたい」

今の状態に不安があると、それを無くしたいと感じるものです。

私達は、小さい頃から正解を求めて教育されてきました。

答えがない不明確なことがあると、はっきりさせたくなります。

だからこそ、意味があると安心できる。
そして、意味がないと不安になる。

ごく自然に思う疑問なのです。

理想の生活は生きる意味になりにくい

理想の生活というのは、2パターンあります。
「今の嫌なことから離れたい生活」「もっと満たされたいと思う生活」です。

やっていることに意味を感じられたり、前に進んでいると感じられたりすると気持ちは落ち着きます。

ただ、これらは一瞬の幸福であり、生きる意味とはなりにくいです。

この悩みはどのように解消されるのか

今の苦痛がなくなったり、めちゃくちゃ贅沢して、きらびやかな生活が実現したとしても、価値を感じなくなれば、生きる意味を見失います。

生きる意味は、満たされた時に感じます。

つまり、本当に求めていることを知り、満たすこと。

もっと具体的にいうと、「今、自分が求めていることは何なのか」という疑問を直感により知り、これをやること。

生きる意味を感じる瞬間の例として、子育てをしている時や誰かの役に立っている時、何かに夢中になっている時、ワクワクすることなど。

「どのような感情になりたいのか」をベースに、やりたい事をやってみるといいと思います。

絶望の淵で見える「生きるための最低限な生活」

食べて、動いて、眠ることができる。

大変な時こそ、これらができることに感謝の気持ちがわいてくるならば、

「生きる意味は、特殊で特別な何か」ではないかもしれません。

さいごに

今行動していること全てが、生きる意味になる可能性があります。

過去を振り返ったり、人と関わりながら生きていくと、ふと見つかると感じます。

 

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