AIが身近になりました。
何か迷ったらまずAIに聞く。
仕事のアイデア、日々の悩み、人生の選択まで。
気づけば
「自分で考えるよりAIの方が楽に答えを出しくれれる」
こう思う瞬間が増えた。
AIは膨大なデータをもとに、論理的で感情にも寄り添った答えを返してくる。
質問を投げかければ、迷いのない返答がすぐに返ってくる。
いつしか私は、自分の求めるような答えをAIに提示してくれないとイライラするようにもなった。
そこで、違和感が募るようになって、こう思うようになった。
「自分の感覚とAiの答えが違うとき、どっちを信じるか」
人は不安になるし、ブレるし、過去の失敗にも引っ張られる。
そしていつの間にか自分の感覚を疑い、自分を信じられなくなっていく。
でも、ここで立ち止まって考えてみた。
うまくいっても、失敗しても、そこに意味を与えることはできない。
後悔も、納得も、「あの時、ああしてよかった」という感情も、
全部、人間側にしか残らない。
Aiが選んだ道をただなぞるように生きていると、
ふとした瞬間に自分の心の本音とのズレが生まれる。
自分の本音に向き合うには、自分で選んで、その結果を抱えるプロセスが必要になる。
自分が何を求めているか、何をしたいのかは結局自分以外分からない。
AIは使う。参考にもする。
視野を広げるための道具としては、これ以上ない存在。
でも最後に信じるのは、
「それでも自分はこうしたい」と決めた自分自身だ。
AI時代に必要なのは、
賢さよりも自分の選択を引き受ける覚悟なのかもしれない。


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