自分と物事には、適正な距離がある。
仕事、趣味、人間関係、お金、言葉、評価。
それらは全て、大切なもの。
でも、それらと近づきすぎると、
人は不安定になる。
評価と一体化すれば、
評価が揺れた瞬間に自分も揺れる。
人の言葉と一体化すれば、
言われた一言で、自分の価値が変わった気がする。
仕事と一体化すれば、
うまくいかない日は、自分そのものが否定されたように感じる。
でも本来、
それらは「自分そのもの」ではない。
自分を中心に周りを回っている

原子の中心に原子核があるように。
太陽の周りを惑星が回っているように。
自分は中心にあり、
仕事や評価、お金、人、言葉は、周りを回っている。
中心と周囲には、
それぞれ適正な距離がある。
近づきすぎると、壊れる。
遠ざけすぎると、関係が切れる。
安定とは距離を間違えないこと。
仕事の例
- 上司に注意された
- ミスを指摘された
- 成果が出なかった
- 上手くいっても評価してくれなかった
このとき、
「自分=仕事の評価」
になってしまうと、
注意や指摘は “自己否定”、”人格否定” として受け取ります。
すると頭の中では、
- ずっと反省が止まらない
- 必要以上に落ち込む
- 次の行動が取れなくなる
という状態が起きます。
でも実際は、評価は自分の周りを回っている一つの要素であって、
自分そのものではない。
人間関係の例
例えば、
人が落ち込んでいると、
優しい人ほど相手の気持ちを強く感じ取ってしまいます。
話を聞いたあとも気持ちが重いまま残ったり、
「自分がなんとかしなきゃ」と背負ってしまったり。
これは悪いことではありませんが、
気持ちの距離が少し近すぎる状態です。
大切なのは、
「相手を理解しようとすること」と「相手のつらさを抱え込むこと」は違うということ。
家族の感情や問題も、
自分の周りで起きている「出来事のひとつ」。
そばにいることはできます。
自分の軸を保ったまま寄り添うことが、
長く続く優しさにつながります。
SNSの例
SNSでは、”いいねの数”、”コメント”、”誰かの言葉”が、
簡単に「自分の中心」に入り込んできます。
すると、
- 反応が少ないと不安
- 否定的なコメントで一日中引きずる
- 比較して自己価値が揺れる
という状態に。
でも本来、SNSの反応は他人の価値観やタイミングや気分が混ざったもの。
それが 自分の価値を決める中心に来る理由はない。
言葉や評価は、
あくまで「周りを回っている情報」。
自分とは何か?
仕事でも、言われた言葉でも、評価でもない。
自分とは、
それらと「どう距離を取るかを選べる存在」。
近づきすぎない。かといって、切り離しすぎない。
その距離を調整できる“中心点”。


コメント