自分なりに大切にしてきたこと。
時間とお金を使って、形にしてきたこと。
情熱を注いで、これならきっといける!と思ったもの。
それが評価されなかった時、
「反応がなかった」「価値を感じてもらえなかった」「理解されなかった」と感じます。
その瞬間、色々な問いが頭の中を回り始め、
・自分のやりたいことは間違っていたのかもしれない。
・そもそも、求められていなかったのかもしれない。
・もうやめてしまった方がいいのかもしれない。
こう思ってしまいます。
でも、
ここまで考えてしまうのは本気で向き合っていたから。
適当にやっていたわけじゃない。
ちゃんと大切にしていたからこそ悔しい。
誠実にやろうとすればするほど、
“本当に価値があるものは、評価されるべきだ”と思うことがあります。
けれど、返ってきた反応があまりにも悪いと、数字や言葉などの”反応・評価”にとらわれます。
「これは、この程度の評価だったのか」
と、悲しさ・虚しさがわいてきます。
それは、もしかすると
届けていることそのものの価値がなかったのではなく、
まだ「どう届けるか」を探している途中だっただけなのかもしれません。
世の中を良くしようとして動いたことや
誠実に積み上げようとしたことは、
必ずしもすぐに評価されるとは限りません。
問い直すとしたら、
「どんな場で」「どんな形で届けるのか」「諦めず継続して届けられる状況か」。
やりたい理由や根っこにある想いは変えず、目の前の事を試行錯誤する時期。
自分の信念を忘れず、
世間や時代も考慮しながら、目の前の事を柔軟に対応すること。
私自身もこの課題によく悩まされていますが、あくまで誠実にコツコツと行動する事が道筋になると思っています。
参考書籍:論語とそろばん

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